国立研究機関をめぐる「行政改革」に対する意見
( 要 旨 )
1)農林水産業に関わる国の研究機関は、国民への良質な食料の安定供給・生産を確実にするための技術の開発・改良という研究的業務を介して国民へのサービスを行っている。また、人々の生活環境を維持し安らぎのある農林業空間を提供する役割をもはたしている。
さらに、たとえば河口堰の生態系への影響評価、地球温暖化の発生原因の解明と対策、O-157や新型インフルエンザへの対策など国民生活の向上に直接結びつく重要なテーマにも取り組んでいる。このように、農水省研究機関の活動の成果の受手は、農業生産を行っている農家や農業関連の企業、そして国民である。
2)食料の確保・安定供給および環境保全という農水国研の業務は、もともと営利的観点からは実行できない技術開発を含んでいる。したがって研究成果を直接利益に結びつけなければならない民間の企業・機関と国研との間には明確な分担が存在する。
民間から国研に期待されているさまざまな研究開発や共同研究が非常に多いことからも、国研と民間の健全な協力関係が望ましい。
3)現在、「独立行政法人」への動きの中で一層強められようとしている「競争的研究資金」の拡充、定員削減、「任期制」の強化などの方針は、経常的な研究体制の弱体化、カバーしなければならない専門分野の欠落や長期的研究の継承性の断絶などさまざまな弊害を生むと考えられる。民間が代って行い得ない研究や業務を主体的にすすめるという国研の使命を考えるならば、このような諸改悪は国民へのサービスを著しく低下させることにつながる。
4)行革会議「最終報告」は、昨今の官僚の不祥事をとりあげ、国の機関の全てが肥大化し、機能障害に陥っているかのように描き出した。農水省研究機関は、農業生産・食糧自給率の政策的抑制という環境の中で、行政と協議の上、時代時代の「要求」に応じた見直しを図り、大幅な組織の変更や定員削減を行うなかで上のような任務を果たしてきた。したがって、自己増殖・肥大化を理由として、独立行政法人化をされる根拠はどこにもない。
5)行革会議「最終報告」は、その基本を、国民一人ひとりが「自己責任」の名の下に「行政依存体質」から離れることを勧め、福祉政策をはじめ、国が本来支えて行くべき諸施策から手を引くことを合理化することに置いている。
また、国研の省庁枠を外し統廃合することにより、経済効率を至上命令とする研究機関に作り変えることを伏線に置いている。これらはいずれも一方的で未完成な議論であり、より広い国民的論議に付すべきである。
目 次
は じ め に
- この意見提出の目的 -
<1> 今回の「行政改革」の背景と狙いはどこにあるか
<2> 研究機関をめぐる「行革最終報告」の内容と問題点
1 改革の中心理念とその問題点批判
2 最終報告の具体的内容とその問題点
独立行政法人化の非論理性について
<3> 農林水産国立研究機関のあり方
1 農林水産業に関わる国の研究機関は、
本来どのような役目を持っているか
2 その組織は、どのように国民サービスを行っているか
3 その仕事は、どんな特徴をもつか
4 そのような研究機関に今日投げかけられている
様々な運営方式の変更はどのような問題をもつか
<4>むすび
は じ め に
- この意見提出の目的 -
昨年12月、国立研その他の国の組織の独立法人化を促す行革会議の「最終報告」が出された。2月17日には、「中央省庁等改革基本法案」が閣議決定され、国立の研究機関・医療機関・検査機関・文教施設などが、「官から民へ」、「肥大化・硬直化した政府組織の改革」、「制度疲労を正す」といういわれなき名分のもとに、独立行政法人とする方向が定められた。この「基本法案」では、「最終報告」の内容が忠実に条文化され、平成13年1月からの新体制移行が明示された。しかし、独立行政法人とする機関については、今後の個別の検討に委ねられており、身分や労使関係についても慎重に移行させるとする内容になっている。
1)私たちは、このような動きのなかで、自分の分野だけが守れれば良いというように分断されてしまうことなく、国の様々な行政施策・サービスの責任を果たすべき組織として、はば広い連帯のもとに運動を進めていく必要がある。そのためには、これらのいわゆる「橋本行革」と呼ばれる動きに対し、大きな観点からとらえた取組みが必要と考えられる。
2)このような動きの中で、われわれの従事する農林水産業の研究に関して、国立研究機関のあり方を考える必要がある。その場合、当事者であるわれわれがこうありたいと考える国立研究機関とその仕事の内容の他に、われわれの仕事の成果の受手である国民が期待する国立研究機関とその体制があるはずである。この2つの方向軸は食い違うものであってはならないと思われるが、われわれが農林水産業に関わる技術研究分野でどのような仕事をしているのかを積極的に明らかにするとともに、組織運営や機関のあり方についても広く意見を述べていくことがこの方向軸の形成にとって大切なことと考えるものである。
以下に、現在進行している状況をできるだけ正確にとらえておくため、昨今に現れている事柄について整理を行った。次いで、われわれの考える農林水産国立研究機関の方向軸について職場の意見をあげてみた。
今後、行政改革と国立研究所、日本の科学技術のあり方について、多くの意見が各分野から具体的に提出されることを望むものである。
<1> 今回の行政改革」の背景と狙いはどこにあるか
1 背 景
[経済の側面]
1)バブル崩壊後の日本経済の危機が橋本内閣に国民全体を巻き込む根本的な改革をせまっている。
2)国の財政赤字が国内総生産515兆円を超える521兆円となり、先進資本主義国で最悪となった。
3)今回の「行政改革」は、戦後の日本のシステムを根底から変えようとする大きな動きの中のもの。97年の変化だけでも、米軍用地特別措置法、医療保険制度改革、労働基準法改革(女子保護規定廃止)、中教審の教育改革、新「ガイドライン」、「財政構造改革法」成立があり、「行革最終報告」と続いた。「行革最終報告」は、いま行われようとしている諸「改革」(行政、財政、金融構造、経済構造、教育改革、社会保障)の一部品である。
4)これらの「改革」は、福祉国家的要素を犠牲にし、企業の自由な活動と負担の軽減を図ることで不況対策を行ったレーガンやサッチャーの改革の後追いである。
5)5ヶ国蔵相会議によるプラザ合意(1ドル100円体制スタート,1985) 後、日本企業は価格競争のため生産の海外移転を進めたが、これにより経済の空洞化が深刻化し今日にいたった。すなわち、海外移転企業(いわゆる多国籍企業)の国内リストラや下請企業への圧迫が進行し失業を拡大した(96年の失業率3.4%は92年の1.5倍)。
6)アメリカを本拠地とする多国籍企業群は、製品輸出の拡大をもとめて、進出先での自由な活動の見返りとして日本国内市場の開放を求めるようになり、農産物がその第一にあげられ、状況はさらに進行しつつある。自国企業の貿易利益だけを追求するアメリカ政府の圧力の結果、WTO協定農業合意(96年5月)では日本が自給可能なコメまでも強制的に一部を輸入することになった。
7)公共投資が産業構造の変化に追いつかず、飽和状態の道路・空港・港湾に向けられたまま浪費の原因となっており、そこには事実「肥大化・硬直化」が存在する。
8)消費税増税・医療保険改悪・公共料金値上げなど9兆円の負担増が国民にかけられている。年間5兆円の在日アメリカ軍維持費や軍事支出も財政圧迫の大きな要因となっている。
9)「ものが売れない」、「景気が悪い」など不況感のもとで、経済の「ジリ貧状態」からの脱出が政財界に強い危機感を与え、「行財政改革」の成功が大命題とされ(「火だるま」の改革)、マスコミのあと押しのなか「行財政改革」には誰も反対出来ない世論が形成されるなかで「最終報告」が作られた。
[科学技術の側面]
10)日本経済のジリ貧状態は基礎科学技術への抜本的投資拡大による新産業創出・経済フロンティア開拓への期待を生んでいる(「科学技術基本法・基本計画」の制定)。
11)他方、このような科学技術への期待は、研究者に競争を強制し利益につながる開発研究に誘導する動機をはらんでいる。そうしたなかで任期制の導入や成績主義・研究評価の処遇への反映の動きも強まっている。
12)経団連は97年7月、「中央省庁再編に対する提言」のなかで、科学技術行政は省庁縦割りが研究開発全体の発展を阻害しているとして、国全体の科学技術戦略の構築のため、総合調整機能強化と国立試験研究機関のスクラップアンドビルドと独立行政法人化を求め、これが行革会議最終報告での総合科学技術会議の設置と試験研究機関の独立行政法人対象化となった。
2 ね ら い と 特 徴
[ねらい]
1)企業経営の低コスト化を可能にする行・財政の仕組みを作り上げることが最大のねらいである。すなわち、財政構造改革においては、法人税の引下げを求め、社会保障費・医療費、文教費、地方への財政支出が「肥大化・硬直化」しているとされ削減を求めている。
「行政改革」においては、農業・弱小産業や労働者保護のための行政機構を削る一方、情報通信・物流・住宅建設など新分野への「自由な」参入のための規制緩和がめざされている。
2)「経済大国」に見合う政治・防衛体制にむけての国家再構築のために内閣機能の強化など権限集中の体制づくりがめざされている。
3)そのため、97年行革会議の作業は、国の行政システム全体にわたるスリム化・縮小と外部化(アウトソーシング)・民営化・法人化を目的とした。
[特 徴]
4)しかし、行政システム全体の「スリム化」は中央省庁の強い抵抗で成功せず、試験研究機関・国立博物館・国立病院ほか施設の独立法人化と郵政3事業の公社化・森林現業の民間委託を提言するにとどまり、結果的に前者がスケープゴートとなった。
5)金融破綻への税金による処理策や厚生省・大蔵省など一部官僚の企業癒着・汚職に対する国民の強い怒りと政治不信を利用し、世論・マスコミも同調するなかで進められた。
6)浪費的公共投資の「肥大化・硬直化」を、公務員組織全体が「肥大化・硬直化」しているかのように描いたイメージが「行政改革」の後押しとなった。
7)旧保守政権のもとではなし得なかった農業や中小企業の切捨てをめざす「改革」が、政界再編後(93年細川政権誕生後)の新しい政治環境のもとで可能となった。
<2>研究機関をめぐる行革最終報告」の内容と問題点
1 改革の中心理念とその問題点批判
(アンダラインは最終報告より)
理念1:「この国のかたちの再構築」(「理念と目標」の1)
1)戦後の復興と経済成長に役だった模倣的産業社会の追求の結果は、今は因習・慣行・画一化・固定化と新たな国家総動員体制を作り上げ、もたれあいの構造、社会閉塞、国民の創造意欲とチャレンジ精神の阻害要因となりつつある。
異議:経済の行きづまりを従来のシステムに原因があるとしているが、そのような経済運営と政策が執られてきた責任の所在や原因の真摯な分析を抜きにして政策の責任を国民一般に押しつける論理である。このような論理による「改革」で弱い人を含めた全国民にしわ寄せを行ってはならない。戦後のみちのりを、一挙に否定しさる議論である。清算主義・破壊主義的「改革」には賛成できない。
2)憲法13条に「すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求のうえで最大限の尊重を必要とする」と書かれているのは、ひとり一人が自由な自律的存在として尊重されねばならないという趣旨である。前文に「主権が国民に存する」とは、自律的個人がその尊厳と幸福に重きを置く国家の運営を図ることに自ら責任を負うことである(結びの文もこの言葉で締めくくられる)。
異議:「自律的個人」の勧めは、福祉が必要な分野や農業・自営中小業者に対する施策など国民生活バランスを考慮してきた行政施策の取り外しの勧めではないのか。憲法の第25条は、「全て国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、全ての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない」としている。
憲法13条や前文は、国民の権利を抑圧した戦前の体制からの脱却と基本的諸権利が国民にひとしく与えられるべきことを謳ったものであり、上のように自己責任の名のもとに国が弱者に差しのべている諸施策の手を引くことを合理化した憲法の読みかえをかってに行ってはならない。
理念2:「肥大化・硬直化した組織を改革し簡素・効率的・透明な政府をつくる」(「理念と目標」の2)
1)国民には統治客体意識と行政への依存体質があり、行政は生活の様々な分野に過度に介入し過ぎた。民間にゆだねるべきはゆだね、地方に渡すべきはわたすために徹底的な規制撤廃が必要。価値選択のない「理念なき」配分や縦割り行政と官僚組織の自己増殖・肥大化・専権的領土不可侵的所掌システムのなかで、一部の人々の既得権益の擁護など国家行政は機能障害を来している。これが、最近の不祥事の数々や政策の失敗につながった。
異議:行革最終報告書は、国民全体を自立能力がなく、統治客体意識にかたまり行政依存体質があると単純に描きだした。このような自国民に失礼な断言は当っていない。ゼネコンの公共事業依存やいわゆる「族議員政治」は存在し、その歪みは正さなければならないが、効率化の名のもとに農業・自営業、福祉・教育などを一緒くたに批判するような乱暴な議論である。
「官から民へ」、「行政の効率化」の名のもとに独立行政法人制度創設を提言したが、具体的内容は国立研そのほかの機関の切離しであり、それは行政の過度の介入とか官僚組織の自己増殖・肥大化・専権的システムといった批判から出てくるのであろうか。後で反論するように論理的なつながりがない。
2)企画立案機能と実施機能の分離のもとに行政情報の公開と国民への説明責任の徹底、国民的視点からの公正な政策評価機能の向上を求める。
意見:情報の公開と国民への説明はどしどしやるべきである。また、国民が国の政策をキチンと評価し政策に反映する透明な制度を作ることは賛成である。しかし、現場から企画立案機能をなくすことは上意下達の前近代的組織を作ることとなる。
理念3:「国際社会の一員として主体的な役割を積極的に果す」(「理念と目標」の3)
日本は、国際社会が作ってくれた平和と繁栄を所与のものとして受動的に行動(享受)してきたが、国際社会は日本が経済的価値のみを国是とした生き方を許してはくれない。これまで、わが国の特殊性を強調するあまり防御的になっていた。国際社会において名誉ある地位を占めたい。
異議:平和国家を追求してきた戦後の日本は、不名誉な地位にあるのか。湾岸戦争などに兵力で貢献しなかったことが不名誉なことなのか。憲法前文にいう「国際社会における名誉ある地位」とは、外国には侵略的、対内的には抑圧的な全体主義国家だったことに対する真剣な反省を謳ったのではないか。日米ガイドラインの強引な見直しなど最近の動向に照らすと、パワー(軍事力)を念頭においた国際国家をめざすべきだと言っているのではないのか。
2 最終報告の具体的内容とその問題点
1)内閣機能の強化
内閣、内閣官房(総合戦略策定)、内閣府(新設、総合調整)で総理大臣の指導性の強化
ーーー 「経済大国」にふさわしい権力集中の指導体制がめざされている。
2)中央省庁の見直し
省庁数の減少案とはいえ中央省庁=霞ヶ関官庁の見かけの見直しであり、単なる数あわせであり、これまでの「霞ヶ関」機能の「丸ごと温存」がめざされていたことは誰の目にも明らかである(例:小泉氏による労働福祉省反対論)。
客観的な政策評価機能の充実(各省および全政府レベルの政策評価の充実強化;行政監察機能強化と第三者的政策評価の仕組;会計検査院の機能の充実強化)。政策評価は政策に必要な修正を加え、評価を通じて可能な限り透明に政策の目的、内容、実現状況、修正の必要性の有無を明らかにし、幅広く政策選択のあり方についての国民的議論を喚起していく。評価機能の的確な発揮に当っては、評価の迅速化や情報の公開を積極的に進める。評価結果の政策への反映について、政策立案部門による説明(の)責任を明確化する。
以上については、この通りに実行されるべきである。しかし、その具体的な方法や実行機関の明示が不十分である。
3)行政機能の減量、効率化------独立行政法人化の非論理性について
(1) 郵政三事業の五年後の公社化、および郵便貯金と簡易保険の大蔵省資金運用部への預託を廃止し全額自主運用の方針を示したが、国民が預けている郵貯・簡保330兆円のお金を大銀行による「運用」にさらすことになる。これらの政策は、大銀行や大企業が国民の立場に立ったお金の使い方をしていない現状では同意が得られない問題である。
(2) 国有林野事業について、国の政策的関与を薄め森林管理業務の民間委託とすること、また組織・要員の合理化の方針を示したが、「森林の公益的機能の発揮」を重視するのであれば、森林維持については基本的に国の政策的関与は重要との観点が望まれる。
(3) 独立行政法人の創設について
ア)「官から民へ」、「国から地方へ」が国の行政の役割を見直す基本的視点だとして、一般論としては反対できない前提から議論を出発させている。
イ)アウトソーシング(outsourcing)は外部化すなわち「民間委託または民営化」のことであり、「減量、効率化」と訳しているのはきわめて恣意的である(最終報告<4>ー1ー(2))。
ウ)その目的として、「企画立案機能と実施機能の分離」を「基本的考え方」であるとしているが、試験研究機関の日常的仕事と役割をみたとき極めて根拠に乏しい議論である。科学技術の研究や開発という仕事の性質に照らせば、それぞれの研究機関に専門性に基づいた自律性と自主性が求められるのは当然である。研究機関から企画立案機能を奪い主管省庁の下達によって動く外部組織とすることでは、農家や地域の幅広い要求を受けとめる農業関連の業務は著しく矮小化される。「企画立案機能と実施機能の分離」とは、より権限を集中させた霞ヶ関官僚機構だけの温存であるとの批判は免れない。
エ)総務省が将来の「独立行政法人」の民営化や主要業務の改廃について勧告するとしているが、この権限を手中にしたいのが本音とみられ、非民主的で危険な権限の賦与である。
オ)最終報告はその理念と目標の2で、「肥大化・硬直化した政府組織を改革」するとして、「旧来型行政は、縦割の弊害や官僚組織の自己増殖・肥大化のなかで深刻な機能障害を来している。本来国民の利益を守るべき施策や規制が自己目的化し、一部の人びとの既得権益のみを擁護する結果を招いたり、異なる価値観や政策目的間の対立や矛盾を不透明な形で内部処理し、あるいはその解決を先送りしてきた結果が、最近における不祥事の数々や政策の失敗に帰結している」とのべ、こうした戦後型行政の問題点の打開こそが行政改革の中核だとしている。これら、数々の批判を一身に負うべき責任が試験研究や文教・医療厚生そのほかの業務にたずさわる現場の公務員にあるのであろうか? 肥大化・硬直化を正すこととそれらの仕事の外部化(独立行政法人化)とは何の関係もない。
カ)制度疲労(理念と目標の2)が起きているのは、政治と官僚のシステムの他の部分である(例:最近の大蔵官僚の高額接待・賄賂要求、いわゆる族議員による地域住民が望まない公共工事の誘導)。試験研究や文教・医療厚生そのほかの業務の外部化は、制度疲労を正すことと何の関係もない。
キ)以上から結論的に言えることは、今回の「行革最終報告」は、族議員や一
部高級官僚との結びつきの弱い各省庁の科学技術関係機関を「独立行政法人化」の対象にあげ、外部化 outsourcing の方針を打ち出すことによって「政府組織の改革」の体裁を整えたにすぎず、そこには何の論理性もない。
(4) 定員削減について
官房と局や課の総数の大幅縮減に併記して、2001年から10年間で10%の定員削減を打出した。マスコミの官僚批判を利用している。しかし、公務部門のリストラに他ならず、公共のサービスの低下について真摯な検討を求めたい。
(5)公務員制度の改革
人材の一括管理、能力・実績を重視した給与制度の導入、退職管理の適正化、労働基本権と人事院の機能役割の見直し、などが盛られているが、これらは、管理強化の立場でなく、職員の自主性と権利を重視する立場で検討されるべきである。
<3> 農林水産国立研究機関のあり方
行革「最終報告」から読みとれるのは、「行政の肥大化・硬直化が国の大きな障害となっている、これを正すために国立研や医療機関や博物館や検査機関を国の組織の外部に出して運営する」という論理のつながりを欠く誠に奇妙な説である。「最終報告」をうけた「中央省庁改革基本法案」では、国の研究機関の運営のあり方に踏み込んで、組織と人員の効率化、一見類似した研究を実施していると判断されたり、細分化していると判断される機関の統廃合、重要研究分野または横断的行政目的の中核的研究機関の育成、さらに国研の活動の柔軟性と競争性を高め、管理運営体制を改め、研究評価体制を確立することを明文化した。
そこで、当事者であるわれわれの意見を明確にするため、農林水産業の研究に関わっている国立研究機関のあり方について考えてみたい。「はじめに」で述べたように、われわれが考える国立研究機関の仕事の方向軸と、国民が期待する国立研究機関のふたつの方向軸は一致しているべきと思われる。ここでは、われわれがどのような仕事をしているのかを明らかにするとともに、組織運営や機関のあり方について最近投げかけられている事柄について意見を述べていくことがこの方向軸の形成にとって大切なことと考えるものである。
以下は、「研究の民主化委員会」で出された意見を整理してみたものであるが、今後の職場の中で議論し検討していく素材となることを期待するものである。なお、これらの意見には、国立研一般に共通する立場からのものも含んでいる。
1 農林水産業に関わる国の研究機関は、本来どのような役目を持っているか
国民への良質な食料の安定供給・生産と、この基盤となる多様な環境を保つことを確実にするための技術の開発・改良という「研究的業務」を介して国民へのサービスを行う。また、技術開発力の確保のため、人材の育成を行うとともに創造的な科学技術と学術の振興に貢献する。
2 その組織は、どのように国民サービスを行っているか
農水省研究機関が行っている技術開発の成果の受手は、直接に農業生産を行っている農家と企業であり、その生産の持続的な安定性・安全性を介して国民へ利益が戻っていくという関係にある。また、日本の変化に富む環境を維持し安らぎのある農林業空間などの価値を提供するいった面でも役割をはたしている。さらに、河口堰の生態への影響の評価、地球温暖化の原因解明と対策、O-157や新型インフルエンザの発生原因の解明など、緊急に出動して人々や環境をまもることに貢献している。
3 その仕事は、どんな特徴をもつか
食料の確保・安定供給あるいは環境保全という仕事は、その性質から営利目的や経済的見地だけでは追求が困難な技術開発についても取り組まなければならない。この点に民間の会社や機関と明確な分担が存在する。自らは予算が確保できない、研究開発のリスクが高い、研究開発力や設備不足などの理由で、国への研究開発や共同研究の要望が、民間あるいは都道府県の農業食糧関連機関から寄せられ、実施に移されている課題は非常に多い。
例をあげるなら、ある地域に最も適した作付け体系技術や栽培技術を開発しても大きな金には結びつかない。「特産品」などマイナー作目は、自治体の仕事になるが、内容によっては技術開発者がいないためその要員を雇えない場合もある。
農林水産研究は、その目的・任務も含めて言うなら、野外生態を背景とした複雑系の研究であり、川上から川下まで広い分野をカバーして営農・生物・食品産業を支える研究であり、要因が多岐にわたり多様であるため、その研究要員・予算等は、民間ではまかないきれない国が主体的にすすめざるを得ない研究領域なのである。この性質から、産業規模・産出金額に合わせて国研のサイズを減らせという要求には本来的に沿いにくいものがある。農水省研究機関の研究者数が国立研究機関の全研究員9000人の3分の1を占めているというのは、農業研究が研究領域としてそれだけ広範であり、工業関連技術のように、因果関係がさほど複雑でなく研究対象の再現性を確実に制御でき、多くの大企業が巨大な研究を設置して研究開発を行い、その成果が直接企業利益に結びつく研究分野とは根本的にことなっている。
4 そのような研究機関において、今日投げかけられている様々な運営方式の変更にはどのような問題があるか
この点は、労働組合の課題として多くの議論や要求が出されているので、ここでは民主化委員会で議論された主な問題のみについてふれる。
1) 予算・人員・施設の不足の一方での「競争的な」研究資金の拡大・研究課題の大型化
今日、発想を広げた研究をあるていど思い切ってやるための経常研究費や機器整備費、施設の改修費は慢性的に不足している。しかも、研究所のライフラインとしての光熱水がきちんと支えられていないため、さらに研究費不足が起きている。全体的に乏しい中で「競争」させる方策は正しくない。
・ 「競争的な」研究資金の拡大・研究課題の大型化の傾向は、予算のつきやすい研究分野(似通った目標)で先陣争いの競争を助長するのではないか。競争が是とされるとすれば、それは独創性においてであろう。大型予算への過度のシフトは、参画を希望しても採択率の低下している現状では真に創造的研究を生むか疑問である。そのことでも、経常経費の必要性と増額に対する要求が増している。アメリカではクリエイティビティを高めるように、研究グループを小さくしてユニークな研究を出させるようにしている(実験医学98年2月号)。
・ 現在では、研究者が資金を「競争的に獲得」することによって多くのデータを出している。そのこと自体は、その学問領域における研究者個人の能力の発揮であり、否定すべきではない。しかし、重点化大型化にともなう競争的資金は、営農家や地域自治体などが常に必要とする実際的技術との関連は少ないものが多く、1に述べた農水研究機関の役目のうちの半面(後段)にのみ関与することを意識すべきである。重点化大型化は、研究の均質化・モノカルチャーにつながり、研究体制の脆弱化につながるのではないか。
2)研究の継承性、人員確保、後継者の育成
・ 農業関連研究では、長期にわたる業務と技術の継承が重要とされる分野が多いが、そのような分野でも節目節目で個人の力量が研究の結果に貢献していたはずであり、いかによい人材を育てるかということが重要である。研究の継承性とは、研究に関連した物事のとらえ方や考え方の継承である。
・ 定員削減の結果、将来、予想できなかったことが重要かつ緊急の問題になる可能性があり、そのような時に、その分野の専門家がいないということのないようにすべきである。
3)研究者の流動化・任期制
・ 一部の研究所、研究室ではポスドク研究者・任期付研究者は、研究勢力として重要な位置を占めている。ただし、個々にみると、やる気のある人材に研究の場を提供していて、必ずしも研究室に密着したテーマに取り組んでいるとは限らない。研究室にしてみれば、とりあえず研究人員が確保でき、場合によっては新しい手法や考え方などももたらしてくれるという利点から相互支援(共生)関係にある。
しかし、重要だが要員補充のできていない分野に即効的に人材をあてがうという組織内任期制は、研究室側のニーズにはそぐわないのではないか。その導入によって、資源配分等研究所側に長期的に不都合が生じるのは目に見えている。
・ 任期がきれた研究員は「任期後」はどうするのかについて真剣に考慮すべきである。研究者人生の長期設計を考えるとき、あえて現行の任期付任用に応募する研究者は少ないのではないか。
4)研究評価、創造的研究を生む条件
・ 論文の発表や投稿が評価そのものであるように、「評価」は研究者にとって当然であり、研究者は公正な評価を望んでいる。技術開発が研究者の中心的任務であり、取り組んだ結果を発表・報告することも大切な任務であるが、分野によっては(たとえば育種的研究)、一定の時間を経て論文となるものもあり、論文数のみが評価の絶対的な対象ではない。今進められようとしている研究評価は、このことを無視して評価の結果を直接的に研究費配分や賃金にまで反映させようとする危険性をもっている。
・ 最近の大学改革において、論文数を評価の基準にすべきとする医学・生物分野と、内容が大切という社会科学分野の間で大きな意見の相違が明らかになった。分野が異なる論文を内容で評価し比較することは無理であるということになったが、やむなく論文数を評価の基準とすると言う手法に傾いた。これは、手法上カウントしやすい方法論がたまたま採用されたただけであり、絶対的な評価はきわめて難しいことを示している。
・ 研究者を評価する場合、広い視野で総合的観点から研究の進歩と個人の発展に役立たせるという姿勢が必要である。論文数のみによる安易な偏差値主義を持ち込んではならない。
・ 「研究者」の評価が正当であるためには、基盤となる研究のための予算、スペースや機器などの公平さが保たれるべきである。
・ 研究評価を論文数で行ったとき有効な面があるとすれば、それは研究者が創造的な研究開発と学術の振興に貢献したという面(すなわち」の1に述べた農林水産分野の研究機関の役目の後段)においてであろう。国立研の研究者は、」の1に述べた両面の任務をもつと考えられるが、論文数での評価は半面の評価であろう。したがって、論文数の多さが、研究者の自己目的や単なる栄達の手段と化するようなことは避けたいことである。
・ 彼の研究が、現実の問題解決や組織の任務(Vの1の前段)に照らしてどのように役だったか、さらにはリーダー的研究者や管理職にあっては、どのように後継者を育てているか、どのような生き方をしているかなども評価の対象にならざるを得ない。それは、数値化して評価することはほとんど不可能なことである。しかしながら、われわれが目にするのは、極端を除きほどほどにそのことがなされている現実である。自然法ともいえるこの機能は、構成員が緊密に結びついている良好な組織で発揮されると思われる。
・ 国立研の研究者が、日々行っている目にみえない活動、たとえば外部からの問い合わせへの調査・回答、内外の研修生への技術移転、訪問者への対応、行政召集の会議への出席、講演要請への対応、学・研究会の世話人・事務局としての仕事・・・これらも、現実の問題へのサービス業務としては無視すべきでない。
・ 「創造性につながる良い研究は、構想と取り組み状態が把握できれば、たとえ結果が見えなくても評価できる*1」という、研究評価は本来研究を後押しするものであるという視点が見失われないようにすべきである。「一般には、金がなければ研究の方法やとりあげるテーマの制限をうけ、金が多いほど多様な試みが可能になり、多くのデータが出、多くの論文が書けるのは確かだが、より創造的な成果が、多く得られるわけではない。金に使われるようになると、むしろ良い仕事が減る可能性すらある。良いアイディアは金で買えないからである*1」との現場の研究者の声に耳を傾けたい(*1名古屋大学・池内了、日本の科学者、1998年3月号)。
<4>む す び
農水省研究機関は、行政と一体的に農林水産業にかかわる技術の開発・改良に当っている組織である。農業生産・食糧自給率の政策的抑制という厳しい環境のなかでその本来の役目を果すため、時代時代の「要求」に応じた見直しを図り、大胆な組織の変更や定員削減を行ってきている組織であり、その「自己増殖・肥大化」はなかった。
したがって、農水省研究機関が独立行政法人化される根拠はなく、独立行政法人とされることにより、これまで国の研究機関として果たしてきた役割が大きく損なわれることを、私たちは危惧している。
私たちは、日本の国土に暮らす人々に私たちの研究成果を還元し、安全、安心やすらぎのあるバランスのとれた国土の発展に貢献したいと願っている。そのための諸条件の整備について積極的に提言するとともに、今回の「行政改革」に対置するはば広い運動をしっかりと形成して行くべきであると考える。(1998年3月)